日高逸子(ボートレーサー)の経歴・プロフィールは?年収や家族も【逆転人生】

テレビ番組

こんにちはぷーちゃんです。

今回は、2021年5月24日放送の

【逆転人生】【荒波こえて挑み続ける 伝説ボートレーサー】

と題して日高逸子(ボートレーサー)さんが登場します。

主人公はボートレーサーの日高逸子さん。
女子選手として2人目の通算2千勝を達成した。
今年、還暦を迎えるが強さは健在。
後輩選手は尊敬を込めて「妖怪」と称する。
その生い立ちは華々しい実績とは対照的。
幼い頃に母と生き別れ、貧しい生活。
「居場所」がないまま成長した。
その後ボートレーサーとなった逸子さんに最高の味方が出現。
夫は専業主夫として波乱万丈の人生を支えた。
「居場所」を得たことで更なる飛躍を遂げる。

日高逸子さんは、最高時速80キロに到達する競艇の

女性ボートレーサーのレジェンド。

愛称は「グレートマザー」。男子選手をぶっちぎる実力があります

 

日高逸子(ボートレーサー)さんの経歴・プロフィールは?

日高逸子(ボートレーサー)さんの家族や夫は?

日高逸子(ボートレーサー)さんの年収は?獲得賞金は?

 

など気になったことを調べていきたいと思います。

 

 

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日高逸子(ボートレーサー)の経歴・プロフィールは?

出典:https://www.nishinippon.co.jp/

名前日高逸子
出身宮崎県串間市
生年月日1961年10月7日
年齢59歳(2021年5月現在)
職業ボートレーサー 36年目
戦歴通算2354勝。通算優勝75回(2021年2月現在)
趣味ホットヨガ

日高逸子さんは生まれは同県都城市ですが、

ご両親の離婚後、串間市で育ったそうです。

中学教師の父と保育士の母の長女として

宮崎県都城市で生まれました。

4歳の時、バイク事故に遭った父が後遺症で酒浸りとなり、

暴力を振るい始め、暴力に耐えかねた母が突如、姿を消します。

その後両親は離婚し、2歳上の兄と祖父母宅に預けられました。

祖母は日高さんに厳しかったようで

父の暴力はやまず、母を失った悲しみに耐えながら

掃除、洗濯、料理、農作業などかなり働いたそうです。

家計も苦しかったそうで、お兄さんと

朝から新聞配達をして遊ぶ暇がなかったようです。

あのころは父の暴力におびえ、母を失った悲しみと貧乏生活。
そこから抜け出したかったのが、私の負けず嫌いの原点。
自分の手で何かをつかみたかったし、誰にも負けたくはなかった」

高校時代は獣医師になりたかったそうです

しかし、貧しかったため入学金や授業料が高く断念します。

高校卒業後は地元の信用金庫に勤めます。

日高さんの時代に信用金庫に就職するには

とても優秀だったのではないでしょうか

信用金庫での仕事は退屈ですぐにやめたそうです。

その後、上京して旅行専門学校に入学します。

 

ボートレーサーになったきっかけはテレビCMでした

ある時、テレビのCMを見た。それがボートレーサー募集だった。真っ先に「ボート選手になって1000万円!」っていうCMが飛び込んできて、田中弓子選手(当時)が出ていました

幼いころから金銭面で苦労したから、年収1000万円のキャッチコピーが強く胸を打ち、試験を受けたら合格した

ボートレーサーとしては遅咲きの、23歳でのスタート。

合格後に行われる本栖湖(山梨県)での1年間の訓練は

壮絶なものだった。

現在の訓練所は福岡県柳川市にある

やまと訓練所に変更されています。

理由は、冬が過酷で、ボートに乗れない時があるそうで

訓練がしやすい現在の訓練所に移転したそうです。

 

ボートに乗ったらスピードは怖いし、

真冬の寒さも想像以上で、耐えられなかったそうです。

教官に『やめます』と言ったが、

その教官が同郷の人で『負けるな』と励ましてくれ奮起します。

それから人の何倍もボートに乗り、成績も最下位から

訓練の終わりごろには上位クラスに入るようになったそうです。

1985年、24歳の時にボートレース芦屋でデビュー。

これまで通算2000勝、通算優勝75回、

女子賞金王など数々の金字塔を打ち立ててきた。

女子現役選手では最年長にもなった。

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日高逸子(ボートレーサー)の家族や夫は?

日高逸子さんの家族構成は

旦那さんとお子さん(娘)2人です

夫の邦博さんは主夫兼マネージャーとして

日高逸子さんを支えています。

出会いは、旅行専門学校時代で

逸子さんに1年間で8回くらい(邦博談では6回、逸子談では8回)

告白したそうです。

当時、逸子さんは邦博さんのことを良い友達としか思っていなく、

タイプではなかったようです。

(専門学校の時点では)告白は実らなかった。

95年に邦博さんが『結婚してみようか』と言い

逸子さんは『マネジャーになってくれたらいいかもね』と返事し、

翌年の平成8年8月8日の末広がりの日に結婚しました。

それから邦博さんは主夫兼マネジャーとなります。

邦博さんの旧姓は井上で、日高姓に変えました。

主夫になったきっかけは、子供が生まれてからで

競艇選手は賭け事の公平性を期するため

レース前に周囲と連絡が取れなくなります。

1カ月以上も家を空けることから

自分での子育てが難しい。

それで邦博さんが主夫となって

家のことを行い、逸子さんを支えるようになりました。

邦博さんは、新しい夫婦の形を実践し、本を出したり、

講演会をこなすこともあるそうです。

そんな邦博さんや大学生となった娘2人の存在

が大きな支えとなっています。

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日高逸子(ボートレーサー)の年収は?獲得賞金は?

日高逸子さんの年収はどれくらいなのでしょうか

1千万のCMにつられて競艇界に入ったのですから

1千万円以上は貰っているのでしょう

調べてみると競艇選手の平均年収は

ランクによって違うようです

全ボートレーサーの平均年収は約1500万円です。(2018年時)

競艇選手(ボートレーサー)のランクって?

競艇選手(ボートレーサー)にはランクがあります

上から、A1級、A2級、B1級、B2級

の4クラスに分けられています。

日高さんの現在のランク(2021年5月)はB2級です。

もともとはA1級でしたが、2020年9月5日の

福岡で開催されたレースで、わずか100分の1秒

早くスタートを切ったためフライングとなります。


出典:https://www.boatrace.jp/yamato/pc/site/news/2021/04/418/

期間中3度目のフライングとなり、150日間の出場停止を命じられた。

2020年のフライングは5月の若松、

7月の蒲郡、9月の福岡と計3回。

1回目の出場停止期間は消化していたが、

今回は2回目以降の計150日間に及ぶ出場停止だった。

 

ランクも最高のA1級から一番下のB2級に降格となりました。

フライングになるとその選手が絡んだ舟券は払い戻しとなるため

厳しい罰則があります。

ランク別の平均年収は(※2018年時)

A1ランク(約320人)平均年収3,000万円
A2ランク(約320人)平均年収1,800万円
B1ランク(約700人)平均年収1,100万円
B2ランク(約250人)平均年収 500万円

となっております。

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優勝賞金は

優勝賞金の最高額は、グランプリ(賞金王決定戦)の1億円です。

優勝賞金は、グレードが最上位の

SG戦で1600万〜3500万円

GⅠ戦で450万〜1000万円

GⅡ戦で400万円

GⅢ戦で100万円

一般戦で64万〜84万円となっています。

レースごとに、着順によっても賞金がもらえます。

賞金額は順位によって細かく設定されており、

予選、準優勝戦、優勝戦と進むごとに高くなっていきます。

 

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日高逸子(ボートレーサー)の年収は?獲得賞金は?

日高逸子(ボートレーサー)さんの

過去5年間の獲得賞金を見てみましょう

獲得賞金(円)累計獲得賞金(円)
2016年26,552,000922,431,184
2017年27,753,400950,184,584
2018年34,704,000984,888,584
2019年35,931,5001,020,820,084
2020年21,640,0001,042,460,084

となっております。

すべて、A1級で265回から331回の出走回数を重ねています。

年収は2000万円を超えており、

生涯獲得賞金は女子最高の累計10億円を超えています。

すごいですね。

しかし今年はB2級に降格し、レース機会も少ないですから

今までのように稼げないでしょうね。

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まとめ

今回は、2021年5月24日放送の

【逆転人生】【荒波こえて挑み続ける 伝説ボートレーサー】

と題して日高逸子(ボートレーサー)さんについて調べてきました。

ピンチになってもあきらめない姿が

とても印象的でした。

ぷーちゃんも前向きに考えて

あきらめずに取り組んでいこと思いました

 

最後までお付き合いくださり

ありがとうございました。